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資正讃歌が出来きるまで~無茶振り岩槻案内編 その3~

長永の岩槻B級スポット紹介

加倉の久伊豆神社を後に、一行は本町へ道を行き、『児童センター入口』の交差点に着きました。
ここはかつての岩槻城の城域との境で、大構があったことがよく分かる場所で、道路は緩やかに大きくへこんでおり、土塁は無くとも、その大きな堀は良く分かります。

さてこれでいよいよ、岩槻城の城内ですよ、と。
吉田知絵美さん達には適宜図面を見せたりして位置を説明します。
前回の通り、辺りはすっかり夜となっている為、大通りからすぐで案内出来るものを案内して行きました。
知絵美さん達は、岩槻城の広大さに驚いておられました。
そして時の鐘、三の丸と行って、いよいよお城の中枢たる『本丸』に到着…が、ここでまさかのアクシデントです。
本丸の碑も説明板も見当たらないのです。

…これまでずっと、『岩槻城本丸の石碑』は、説明板と共にガソリンスタンド様にありました。
しかし、この案内時はガソリンスタンド様は閉店、周辺も開発され、本丸の碑が見つからなくなっていました。

岩槻城を案内してきて、肝心の本丸を示す物が知らぬ間にどっか行ってしまった。では流石に全く締まりません。
周辺をかなり探して見つからず、諦めかけた時、通りの対岸に『⑯岩槻城本丸跡』の木製看板を発見しました。
知絵美さんもこれで御満足され、なんとかこの案内を完了に出来ました。

…なお、石碑の行方ですが。
今年になり、近隣住民の方々の働きかけにより、石碑は近くの足利銀行様の前に、新しい説明板と共に無事移設されました。
今回に限らず、我々の岩槻にとって大事な物です。
二度と無くならない事を願います。

© 岩付城主 太田資正公 生誕500年祭